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高松高等裁判所 昭和32年(う)440号 判決

控訴人 被告人 荒川時次 外七名

弁護人 本田熊一

検察官 寺尾樸栄

主文

原判決中、各被告人関係部分を破棄する。

各被告人は無罪。

理由

本件控訴の趣意は、記録に編綴してある弁護人本田熊一作成名義の控訴趣意書に記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

論旨第一点について。

被告人等が、原判示日時に行われた原判示公売における入札について、原判示日時場所において原判示のとおりの打合、即ち談合をしたことは、記録によつて明らかである。そして、右公売において、昭和三〇年一二月二日入札希望者に対し示された売却条件は所論のとおりであり、その後右売却条件が所論のとおり変更せられたにも拘わらず、右変更は、右入札の時までに、入札希望者の内、平岡政市に告知せられただけで、他の一般入札希望者には告知せられなかつたことも亦、記録によつてこれを認めることができる。

ところで、本件の罪、即ち刑法第九六条の三第二項の罪(前段及び後段の罪)は、いずれもいわゆる危険犯であり、その成立には、公の競売又は入札の公正を害する結果の発生することを要しないと解するを相当とする。それで、公の競売又は入札について、同規定に定める目的を以て談合がなされた場合には、その競売又は入札が、たまたま、手続のかしその他何等かの事由によつて無効であり、従つて、その競売又は入札の公正が現実に害せられることがなくても、右の罪は成立するものというべきである。

然しながら、この罪は、公の競売又は入札の公正を保護する為のものであるが、その公正とは、公正な自由競争によつて競売又は入札が行われることをいうものであり、そして、入札者に対して、斯る公正を要求するものである以上は、公の競売又は入札の手続自体も亦少くとも公正なる面においてはかしのないことを要するものといわなければならない。従つて、重大なる売却条件にかしがあり、その為公正なる競売又は入札と認め難いときは、それ自体既に刑法の保護に値しないものとなり、これについては、もはや公正なる自由競争は、これを要求するに由なく、従つて、かような場合には、仮に談合がなされても、それによつて競売又は入札の公正を害するという結果は発生しないのみならず、その危険性も亦存在しないものというべきであるから、右の罪の成立する余地はないものというべきである。

本件入札についてこれを記録に徴するに、売却条件が変更せられたにも拘わらず、右変更後の売却条件は、予め、入札希望者中の一名に告知せられただけで、他の入札希望者には告知せられなかつたことは、前述のとおりであり、変更せられた売却条件によるときは、少くとも入札価格において二十万円程度の相異を生ずる可能性ある本件入札は、右にいう重大なる売却条件のかしある場合に該り、従つてこれにつき被告人等が原判示の如く談合するも、その行為については、刑法第九六条の三第二項の罪の成立する余地のないことは、右に説示したところから明らかであろう。

そうすると、原判決が本件入札について、被告人等入札者による公正な自由競争が行われ得たものと認定したことは、事実の誤認であるというべく、右誤認が原判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は、刑事訴訟法第三九七条第一項第三八二条により破棄せらるべきである。論旨第一点は結局理由がある。

それで、その他の論旨についての判断を省略し、右規定により原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書により更に判決をする。本件公訴事実は、

被告人等は、孰れも古物営業に従事するもので、昭和三〇年一二月五日陸上自衛隊善通寺駐屯部隊会計隊が行つた同隊所管国有古電話線等使用不能品の払下入札に参加しようとしたものであるが、右払下物件を不当に安価な価格で落札し、被告人等及び外一二名(原審相被告人)の間で所謂二番せりにかけて売却し、その売却金額と払下価格との差益金を互に分配せんことを企て、同月二日同市上吉田町九〇〇番地の一旅館魚七別館(経営者樋口貢)に於て、同月五日前記部隊に於て会合し、順次協議を進めた末、大川享(原審相被告人)の入札額を二五万円とし、他の者等は、右金額以下にて入札し、若しくは全然入札しないことを打合せ、因て公の入札につき公正な価格を害して不正の利益を得る目的を以て談合したものである。

というのであるが、これについて犯罪の証明がないから、刑事訴訟法第三三六条により無罪の言渡をすべきである。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 玉置寛太夫 判事 渡辺進 判事 安芸修)

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